葬儀保険のCMは、たいてい同じ順番で不安をなぞる。持病があっても入れます、月々千円台です、お金はすぐに下ります。見終わったあと、何も用意していない自分がなんとなく怠けているように思えてくる。
先に答えを置く。葬儀を簡素な形にする心づもりがあり、家族の誰かが100万円前後の現金を動かせるなら、葬儀専用の保険はほぼ出番がない。実際に親や配偶者を送った人たちの話を集めても、保険がなくて詰んだという声はほとんど出てこなかった。
葬儀保険がいらない人の条件は三つに絞れる。
- 家族葬か直葬でいいと本人と家族の意見が一致している
- 故人か遺族の側に、すぐ動かせる預金が数十万円以上ある
- すでに死亡保障のある生命保険か、勤務先の団体保険に入っている
このどれかが欠けている人だけが、保険を検討する意味を持つ。
経験者が振り返って、要らなかったと言い切る中身
家族葬で60万円、直葬で40万円という現実の数字
五十代の会社員が父親を送ったとき、選んだのは家族葬だった。参列は近親者だけ、火葬と短い式で終わり、請求額は60万円ほど。彼は葬儀保険に一切入っていなかったが、支払いで困ることはなかったと振り返る。むしろ毎月の掛け金を積み立てていた方がよかったかもしれない、という言い方をしていた。
夫を送った六十代の女性は直葬を選んだ。式をせず、火葬だけ。40万円と少し。生前から夫が大げさな葬式は要らないと繰り返していたので、その通りにしただけだという。保険会社に毎月払うより、自分で管理した方がいい。その一言に、彼女の判断のすべてが入っている。
四十代の独身男性は、自分の終活として葬儀社に見積もりを取った。火葬だけなら30万円台からある。それを知った時点で、掛け捨ての保険に払う理由が消えたそうだ。
葬儀費用が数百万円という感覚は、参列者が何十人も来る一般葬を前提にした数字だ。会葬者が減れば飲食も返礼品も要らなくなる。費用の大きな部分は、人数に比例して膨らむものでできている。
お金は一か所ではなく、いくつもの場所から出てきた
先の五十代の会社員のケースを分解すると、内訳が見えてくる。母親が生前にコツコツ貯めていた普通預金、国民健康保険から出た葬祭費の5万円、それと父親が勤務先の団体生命保険にわずかに入っていた分。この三つでほぼ足りた。専用の保険は一つもない。
母親を送った三十代の女性も似ている。保険金が早く下りて助かったが、それは普通の死亡保険だった。葬儀保険は支払いの速さを売りにするけれど、通常の保険でも間に合った、というのが実感だという。
一つの財布から全額を出す前提で考えるから、大きな金額が必要に見える。実際には複数の口から少しずつ出てくる。
葬儀保険が割高に見える三つの構造
掛け捨てなので、途中でやめると何も残らない
葬儀保険の多くは少額短期保険という枠組みで売られていて、解約返戻金がない。10年払い続けて生活が苦しくなり解約すれば、払った分は戻らない。小さい子どもがいた頃に検討してやめた四十代の父親は、途中解約で損をするケースがあると聞いた時点で候補から外し、普通の生命保険の保障額に葬儀代分を上乗せする形にした。実際に自分の親を送ったとき、生命保険金ですべてまかなえた経験がその判断を裏づけたという。
更新のたびに保険料が上がる設計がある
保険料が一定に見えても、1年ごとの更新型だと年齢とともに上がっていく。逆に保険料を固定するタイプは、年齢が上がるにつれて受け取れる保険金の方が下がっていく。どちらの形でも、長生きするほど払った総額が保険金に近づく。設計書の払込総額の欄を見て、90歳まで生きた場合にいくら払うのかを自分で確認すると、印象が変わることが多い。
保障の上限が小さく、加入直後の制限もある
少額短期保険の死亡保障は300万円ほどが上限で、葬儀保険はその中でも50万円から200万円あたりの設計が中心になる。しかも契約から一定期間内に病気で亡くなった場合、保険金が減額されるプランがある。持病があっても入れるという文句の裏側には、たいていこの制限が置かれている。
保険を考える前に、実負担ラインを出す
葬儀の総額と、家族が実際に財布から出す金額は別物だ。この差を無視したまま総額だけを見るから、備えが足りない気がしてくる。総額から引けるものを全部引いた残りを、ここでは実負担ラインと呼ぶ。保険を検討するかどうかは、この数字を出してから決めれば足りる。
総額から引けるお金を全部並べる
引けるものは、思っているより多い。
- 葬祭費。国民健康保険や後期高齢者医療の加入者が亡くなったとき、喪主に支給される。自治体ごとに額が違い、3万円のところもあれば7万円のところもある
- 埋葬料。会社員など健康保険の被保険者が亡くなった場合に5万円
- 死亡一時金。国民年金の保険料を3年以上納めた人が年金を受け取らずに亡くなり、遺族基礎年金の対象者がいないときに12万円から32万円
- 香典。家族葬でも近親者から集まる。数万円から数十万円になる
- すでに加入している生命保険や勤務先の団体保険の死亡保険金
葬祭費も埋葬料も死亡一時金も、申請しなければ1円も入らない。時効は2年で、遺族が知らないまま流れてしまうことがいちばん多い損だ。
母親を亡くした六十代の男性は、知人から通帳が空だったという話を聞いて肝を冷やしたが、調べてみると貯金ゼロでも公的な給付だけで数十万円は出ると分かった。足りない分は葬儀社の分割払いにも対応してもらえる。焦って保険に入る必要はないという結論に落ち着いたそうだ。
口座凍結で払えないという心配には仮払い制度がある
亡くなると銀行口座が凍結されて葬儀代が引き出せない、という話は葬儀保険を勧める場面でよく使われる。ただ2019年の相続法改正で、遺産分割前でも相続人が単独で預金を引き出せる仮払い制度ができた。同じ金融機関から最大150万円まで、法定相続分に応じた範囲で払い戻しを受けられる。金融機関に戸籍の書類を出す手間はかかるが、葬儀代のために保険を用意しなければならないほどの壁ではなくなった。
いらない人と、あった方がいい人の分かれ目
葬儀保険がいらない人の三つの条件
冒頭に挙げた三条件が揃っている人は、掛け金を別の場所に回した方が使い勝手がいい。七十代の男性は、友人の直葬に参列して簡素さに共感し、死んだら焼けばいいと言い切っていた。家族に迷惑をかけない程度の貯金さえ残しておけば十分、というのが彼の結論だ。この割り切りができている家は、そもそも備える金額が小さくて済む。
それでも検討する価値がある人
一方で、次のような人は保険が現実的な逃げ道になる。
- 手元の預金がほとんどなく、これから数十万円を貯める見通しも立たない
- 持病があって普通の生命保険に加入できず、死亡保障がゼロ
- 頼れる親族がいない一人暮らしで、費用を立て替えてくれる人がいない
- 家族が一般葬を望んでいて、規模を小さくする合意が取れない
この場合は、少額の掛け金で数十万円の現金が確保できることに意味が出てくる。要るか要らないかは人柄や見識の問題ではなく、単に条件の当てはめだ。
保険をやめるなら、代わりに置いておくもの
葬儀費用だけを別の口座に分けておく
生活費と混ぜた預金は、いざというとき残高が読めない。葬儀と当座の費用にあてる分として100万円前後を別の口座に移し、その口座の存在を家族に伝えておく。保険料として毎月払うのと同じ額を、そこへ積む。使わなければ丸ごと残るところが、掛け捨てとの決定的な違いになる。
互助会は使えるが、解約時の手数料を先に見る
母親を送った五十代の女性は、母親が冠婚葬祭の互助会に入っていたおかげで割引が効き、追加の自己負担は50万円ほどで収まった。保険には審査や条件があるけれど、互助会は積み立ての感覚で続けやすかったという。ただし互助会の積立金は施行費用の一部にしか充当されず、解約するときには手数料が引かれる。加入前に、解約時にいくら戻るのかを書面で確認しておく。
やらないことを書き残すのが一番効く
費用をいちばん下げるのは、金融商品ではなく本人の意思表示だ。大げさな葬式は要らないと言い続けていた夫の言葉が、遺された妻の判断を軽くした。遺族が費用をかけてしまう理由の大半は、故人の望みが分からないまま葬儀社の提案表を渡されるからだ。式をするのかしないのか、誰を呼ぶのか、宗教者を頼むのか。この三つを紙に書いて通帳と一緒に置いておくだけで、数十万円が動く。信仰上の共同体が葬儀を担う形をとっている家庭では、そもそも外部にかかる費用がほとんど発生しない例もある。
本当にきつかったのは、お金ではなかった
夫を直葬で送った六十代の女性が、いちばん消耗したと語ったのは費用ではない。役所の届け出、銀行の名義変更、年金の停止、公共料金の切り替え。窓口ごとに必要な書類が違い、平日にしか動けない。お金の心配はほとんどしなかったのに、手続きでヘトヘトになったという。
葬儀保険は、この負担には何もしてくれない。備えるなら、口座と保険証券の一覧、年金手帳の保管場所、契約中のサービスの控えを一枚にまとめておく方が、遺族の時間を確実に減らす。金額に換算されないぶん、見落とされやすい準備でもある。
葬儀保険のデメリットは何ですか
掛け捨てで解約返戻金がないため、途中でやめると払った分は戻りません。更新のたびに保険料が上がる、または保険金が下がる設計が多く、長生きするほど払込総額が保険金に近づきます。加入から一定期間内の病死で保険金が減額されるプランもあるため、契約前に設計書の払込総額欄と免責の条件を確認してください。
葬儀費用は実際にいくらかかりますか
式をせず火葬だけの直葬なら30万円台から、近親者だけの家族葬なら60万円前後という実例があります。費用の多くは会葬者の人数に比例する飲食と返礼品なので、参列者を絞るほど総額は下がります。参列者が数十人の一般葬になると100万円を超えます。
貯金がない状態で親が亡くなったらどうすればいいですか
国民健康保険の葬祭費が3万円から7万円、健康保険の埋葬料が5万円、条件を満たせば死亡一時金が12万円から32万円出ます。これに香典が加わり、葬儀社の分割払いや後払いにも対応してもらえます。預金口座が凍結されても、仮払い制度で最大150万円まで引き出せます。
葬儀保険と生命保険はどちらがいいですか
すでに生命保険に入っているなら、そこに葬儀代分の保障を上乗せする方が保険料あたりの保障は大きくなります。葬儀保険の支払いの早さが売りにされますが、通常の死亡保険でも書類が揃えば数日から1週間程度で入金されます。持病があって通常の保険に入れない人だけ、葬儀保険を検討する価値があります。
互助会と葬儀保険はどちらを選ぶべきですか
葬儀を確実に行う予定があり、提携する葬儀社で施行するなら互助会の割引が効きます。ただし積立金は費用の一部にしか充当されず、解約時に手数料が引かれます。転居や葬儀社を変える可能性がある人は、自由に使える預金として貯めた方が融通が利きます。
すでに加入している葬儀保険は解約すべきですか
預金と既存の生命保険で葬儀費用がまかなえる状態なら、解約して掛け金を積み立てに回す方が手元に残ります。判断する前に、これまでの払込総額と、90歳まで払い続けた場合の総額を保険会社に確認してください。持病で他の保険に入れず、預金も少ない場合は継続した方が安全です。
葬祭費や埋葬料は自動的にもらえますか
申請しなければ支給されません。葬祭費は故人が加入していた市区町村の窓口へ喪主が、埋葬料は勤務先の健康保険組合か協会けんぽへ申請します。どちらも時効は2年で、葬儀の領収書と喪主名義の口座情報が必要になります。

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