アッシーとメッシーの意味と今|言葉は死語でも構図は残っている

週末になると車を出している。食事も自分が払う。相手は笑顔で礼を言うが、送り届ければ連絡は途切れる。それでも次に呼ばれれば行ってしまう。

この状態に名前がついている。三十年以上前の言葉で、今では死語とされている。それなのに検索が続いているのは、言葉が古びても構図が残っているからだ。

アッシーは移動の足として使われる男性、メッシーは食事をおごる役目の男性を指す。どちらも、恋愛関係ではないまま利便だけを提供している状態を言う。

目次

アッシーとメッシーの意味

足を出す男と、食事を出す男

アッシーは足、つまり移動手段を提供する男性のことだ。呼ばれれば車で迎えに行き、送り届ける。アッシーくんとも呼ばれた。

メッシーは飯、つまり食事を提供する男性を指す。食事に誘われれば同行し、支払いはこちらが持つ。

どちらも、こちらは好意を持っているのに、相手は恋愛対象として見ていないという非対称を前提にしている。役割の名前で呼ばれる時点で、人として扱われていないことがそのまま表れている。

ミツグくんやキープくんとの並び

同じ時期に、似た言葉がいくつも使われた。金銭やプレゼントを提供する役割はミツグくん。恋人にはしないが選択肢として残しておく相手はキープくん。

役割ごとに名前がついたのは、実際に役割ごとに人を分けていたからだ。この分業を、当時は多くの人が悪びれずにやっていた。

手帳に車種別で名前が並んでいた時代

尽くすことが男の楽しみだった構造

バブル期を知る50代の男性は、当時はそれが普通だったと語る。きれいな女性に尽くすのが男の楽しみで、車で送り迎えをしたり高級店で食事を奢ったりするのは当たり前だった。

尽くす側にも動機があった。金を使える立場であること自体が価値だと信じられていた時代だ。負担は苦痛ではなく、参加費のようなものとして受け入れられていた。

その他の欄に入れられた瞬間

彼の記憶に残っているのは、手帳に車種別で男性の名前が並んでいる女性がいたことだ。

国産車の俺はその他扱いだった、と彼は振り返る。男はただの足なんだと痛感した瞬間、アッシーという言葉が頭に浮かんだ、とも。

車種で分類されるということは、人ではなく設備として管理されているということだ。この記憶が三十年以上経っても消えないのは、金を失ったことより、選別の基準に自分が入っていなかったからだろう。

言葉は死語になったが、構図は残っている

彼氏じゃないから、と線を引かれる

35歳のエンジニアの男性は、アプリで知り合った女性と数回食事をした。そのあと、今日帰りが遅くなるから駅まで迎えに来て、と頼まれるようになった。

断れず車を出す日が続き、気づいたらその状態になっていた。彼女は彼氏じゃないから、と明確に線を引き、進展を拒んだ。

好きだから尽くしてしまう、でも利用されているだけだとわかってようやくやめた、と彼は話す。

割り勘が普通になっても消えない理由

現在は割り勘が一般的になり、送迎を当然とする空気も薄れた。それでも同じ構図が残っているのは、名前のついた慣習が消えても、好意の非対称そのものは消えないからだ。

むしろ今のほうが見えにくい。当時は役割として明示されていたが、今は友達として、あるいは頼れる人として扱われる。相手に悪意がない場合も多い。だからこそ、こちらは期待を持ち続けてしまう。

自分がその状態か判定する五つ

連絡が来るのは、こちらが役に立つときだけ

42歳の会社員の男性は、職場の後輩女性に好意を抱いていた。週末になると車で迎えに行き、食事を奢ることが続いた。

彼女はありがとうと笑顔を見せるが、デートには発展しない。送り届けた後はすぐに連絡が途絶える。

判定の基準は五つある。

  • 連絡が来るのは、送迎や支払いが必要な場面に偏っている
  • 用が済むと、その日のうちに会話が終わる
  • こちらから誘うと予定が合わないが、相手からの呼び出しは急でも成立する
  • 二人で過ごす時間に、相手の話が他の異性に及ぶ
  • 支払いを相手が申し出たことが一度もない

三つ以上あてはまるなら、関係は恋愛の入口にはない。

送り届けた後に連絡が途絶える

38歳の自営業の男性は、合コンで知り合った女性から、今日終電逃しそうだから迎えに来て、と頻繁に連絡が来るようになった。深夜に車を走らせ、途中で食事を奢ることも多かった。

関係は進展せず、彼女は他の男性と遊んでいる様子だった。

深夜の呼び出しに応じられる相手は、便利さで選ばれている。恋愛感情がある相手を、終電を逃した後の対処法として使う人はいない。

彼氏ができた、と報告される日

42歳の男性が自分の立場に気づいたのは、彼女が彼氏ができたと報告してきたときだった。車を出して飯を奢るだけの男だった、気づくのが遅すぎた、と苦い顔で振り返る。

報告されるという事実自体が答えになっている。恋愛対象として見ている相手には、新しい交際相手をわざわざ報告しない。報告できるのは、こちらが競合ではないと確信しているからだ。

抜けるときに起きること

連絡を断ったら、デリカシーがないと言われた

38歳の男性は耐えきれなくなり、連絡を断った。すると、デリカシーがないと逆ギレされたという。友人だと思っていたが完全に都合のいい扱いだった、絶縁して正解だった、と彼は言う。

離れようとしたときに相手が怒るのは、珍しくない。利便を失うことへの反応であって、こちらへの感情ではない。ここで話し合いに応じると、たいてい元の関係に戻される。

説明せずに減らすという方法

抜けるときに、気持ちを打ち明けてから離れる必要はない。

告白すると、相手には選択肢が二つ生まれる。断って関係を終えるか、曖昧なまま繋ぎ止めるかだ。後者を選ばれると、こちらは希望を持たされたまま同じ場所に留まる。

説明せずに応じる回数を減らすほうが早い。次の呼び出しに、今日は無理だ、とだけ返す。理由は言わない。三回続ければ、連絡そのものが減る。それが答えになる。

使った金と時間をどう扱うか

すでに使った分を取り戻す方法はない。取り戻そうとして関係を続けると、損失が増えるだけになる。

見方を変えるとすれば、好意の示し方が支払いに偏っていたことに気づけた代金だと考えるしかない。42歳の男性も、35歳の男性も、気づいた時点で止めている。止めた時点が、その人にとっての底になる。

使っていた側は何を考えていたのか

役割が決まっていて、彼氏とは別だった

45歳の主婦の女性は、独身時代に数人の男性を使い分けていたと明かしている。

送迎だけしてくれる人、ご飯だけ奢ってくれる人、プレゼントをくれる人。それぞれ役割が決まっていて、彼氏とは別だった、と。便利だったし悪いとは思っていなかった、とも言う。

悪いと思っていなかった、という正直さ

彼女は今、こう振り返る。今思えば、相手の気持ちを踏みにじっていた、と。結婚後に夫へその話をしたら、俺も昔そうだったかも、と苦笑いされたという。

この告白でわかるのは、当時の彼女に悪意がなかったことだ。悪意がないから続く。相手の好意に気づいていないわけではないが、こちらが自発的に来ている以上、断る理由がない。そういう理屈で成立している。

だから、相手を責めても解決しない。応じ続けている自分が構造を維持している。止められるのは、こちら側だけになる。

好意の伝え方が奢ることしかない場合

尽くすことは、好意の証明にならない

好きだから尽くしてしまう、と35歳の男性は言った。この感覚自体は責められるものではない。ただ、尽くす行為は相手に何も要求しないので、関係を前に進める力を持たない。

支払いと送迎は、相手にとって受け取るだけで完結する。返す必要がない。返さなくていい好意は、負債として意識されない。だから感謝はされても、関係は動かない。

対等な関係で試す三つ

進めたいなら、相手にも負担が発生する形に変える。

食事の会計を割る。断られたら次から自分の分だけ払う。次の予定を自分から提案し、相手が調整する側に回るかを見る。送迎を頼まれたら、一度だけ断って別の方法を提案する。

この三つに対する反応で、相手の位置がはっきりする。負担が生じた途端に距離ができるなら、それは最初から利便への好意だったということになる。

今日からできること

次の呼び出しに、今日は無理だ、とだけ返してみる。理由は添えない。

会計を一度だけ割ってみる。断られても、次からは自分の分だけ出す。

そして、自分がその人に何を提供してきたかを書き出す。車、食事、時間。それ以外に何もないなら、問題は相手ではなく、好意の伝え方が一種類しかなかったことにある。

言葉は死語になった。それでも検索が続いているのは、名前を借りないと自分の状況を認めにくいからだろう。名前がついた時点で、抜ける準備は半分終わっている。

アッシーとメッシーの意味は何ですか

アッシーは移動の足として使われる男性、メッシーは食事をおごる役目の男性を指します。どちらも、こちらは好意を持っているのに相手は恋愛対象として見ていない非対称な関係を前提にした呼び方です。アッシーくん、メッシーくんとも呼ばれました。

いつ頃使われた言葉ですか

1980年代後半から1990年代初頭のバブル期に広まった言葉です。当時を知る男性は、きれいな女性に尽くすのが男の楽しみで、送り迎えや高級店での食事は当たり前だったと語っています。手帳に車種別で男性の名前を並べていた女性もいました。

ミツグくんやキープくんとの違いは何ですか

役割の内容が違います。アッシーは送迎、メッシーは食事、ミツグくんは金銭やプレゼント、キープくんは恋人にはしないが選択肢として残す相手を指します。役割ごとに名前がついたのは、実際に役割ごとに人を分けていたためです。

今でもアッシーやメッシーは存在しますか

言葉としては死語ですが、同じ構図は残っています。アプリで知り合った女性から送迎を頼まれ続け、彼氏じゃないからと線を引かれた男性の例があります。割り勘が一般的になった分かえって見えにくく、友達や頼れる人という形で続きます。

自分がその状態か見分ける方法はありますか

連絡が送迎や支払いの必要な場面に偏っているかを確認してください。用が済むとその日のうちに会話が終わる、こちらからの誘いは断られるのに相手からの急な呼び出しは成立する、支払いを申し出られたことがない。これらが三つ以上あてはまるなら、関係は恋愛の入口にありません。

都合のいい男から抜け出すにはどうすればいいですか

気持ちを打ち明けずに、応じる回数を減らしてください。次の呼び出しに、今日は無理だ、とだけ返して理由は言わない。三回続ければ連絡そのものが減ります。告白すると曖昧なまま繋ぎ止められる可能性があり、同じ場所に留まることになります。

連絡を断ったら逆ギレされました

利便を失ったことへの反応であって、こちらへの感情ではありません。連絡を断ってデリカシーがないと言われ、そのまま絶縁して正解だったと語る男性がいます。ここで話し合いに応じると、元の関係に戻される場合がほとんどです。

奢り続けると本当に関係は進みませんか

進みにくくなります。支払いと送迎は相手が受け取るだけで完結し、返す必要がないため、負債として意識されません。感謝はされても関係が動かないのはこのためです。

使っていた側はどう思っていたのですか

悪いとは思っていなかった、と振り返る女性がいます。送迎だけの人、食事だけの人と役割を決めて使い分け、彼氏とは別の存在として扱っていたそうです。今は相手の気持ちを踏みにじっていたと反省していますが、当時に悪意がなかったからこそ関係が続いていました。

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この記事を書いた人

シニア向け雑誌の人生相談コーナーの担当として、これまで1000通を超える読者の手紙を読んできました。悩みの多くは、分かってくれる相手が欲しいのだと知りました。定年後の空白、体力の変化、新しい人付き合い。人生後半は終わりではなく仕切り直しの時期です。

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