この歳になって誰かを好きになるのは、みっともないのだろうか。子どもに知られたら呆れられるかもしれない。周りは落ち着いた顔をしているのに、自分だけがまだ落ち着けていない気がする。
実際に50歳を過ぎてから関係を築いた六人の話を並べると、共通していたのは若い頃の恋の再現ではなかった。全員が、盛り上がりではなく安心を選んでいる。そして、結婚に向かった人は半分もいなかった。
50才からの恋愛は、若さを取り戻すものではなく、日常を分け合う相手を見つけることだ。
50才からの恋愛は、ドキドキではなく肩の力が抜ける
若い頃の恋と入れ替わった三つのもの
54歳でパート勤めをしている女性は、離婚から10年、子どもも独立したあとにマッチングアプリへ登録した。出会ったのは同じくバツイチで定年を控えた男性。共通の趣味の神社巡りで意気投合し、週末に月1回会うペースで一年続けて、自然な流れで再婚した。
彼女の言葉が、この年代をよく表している。若い頃みたいなドキドキはないけれど、一緒にいると肩の力が抜けて安心できる。老後を一緒に考えられる相手がいてよかった、と。
入れ替わったものは三つある。
- 相手に変わってほしいという期待が、そのままでいてほしいという願いに変わる
- 会えない時間の切なさが、会えない時間の穏やかさに変わる
- 将来を一緒に作る話が、今ある日常を分け合う話に変わる
人生の空白を埋めるさりげないつながり
56歳で建設関連の仕事をしている男性は、子どもが独立したあと、日常を誰かと共有したいと思い始めた。アプリで数人の女性と会い、読書や街歩きが好きな相手と関係が深まって、今は一緒に暮らしている。
恋愛というより人生の空白を埋めてくれるさりげないつながりだ、と彼は言う。50才からの恋はそんな穏やかさが心地よい、とも。
恋と呼ぶには静かすぎると感じるかもしれない。ただ、この静かさが日常の中では最も長く続く。
動き出す理由は、たいてい不安の側にある
このまま一人でいるのか、と思った日
先の54歳の女性が動き出したのは、ふとそう感じた日だった。
きっかけが不安であることを恥じる必要はない。恋愛を始める理由が純粋なときめきでなければならないという決まりはどこにもない。孤独が背中を押した関係が、その後に穏やかな安心へ変わっていく例のほうがむしろ多い。
病気をしてから老後の不安が形を変えた
56歳の元会社員の女性は、病気を経験して老後の不安が強くなった。それがアプリを始めた理由だ。出会ったのは60代前半の元自営業の男性で、落ち着いた雰囲気で話をじっくり聞いてくれる人だった。
見た目より感性でつながった感覚がうれしい、と彼女は話す。50才になっても恋ができるなんて思っていなかった、日常の何気ない時間を共有できるだけで十分幸せだ、とも。
体調を崩したときに湧く不安は、看てもらいたいという願いだけではない。自分の一日を知っている人がいるかどうかの問題だ。その相手は、必ずしも同居している必要がない。
続いている人が守っている距離
毎日何通も送らなくていい関係
54歳の女性が心地よさを感じたのは、メッセージのやり取りが落ち着いていて、毎日何通も送らなくていい距離感だった。
50代の一日はすでに埋まっている。仕事、家事、親のこと、自分の体調。そこへ届く頻繁な連絡は、好意ではなく処理すべき用件として積み上がる。若い頃なら熱意の証明だった連絡量が、この年代では負担の量に変わる。
返信の速さではなく長さを見るといい。遅くても長い返事が来るなら関係は動いている。速いのに短くなっていくときは、頻度が相手の生活を圧迫している。
月1回でも一年続けば再婚に届く
彼女が再婚に至るまでのペースは、週末に月1回だった。
月1回は少なく見えて、この年代の生活によく収まる。56歳の女性も、月に数回のデートを重ねている。増やそうとしなかったから続いた、と言っていい。
頻度を上げれば親密になるという発想は、時間が有り余っていた頃の名残だ。物足りなさは相手も同じだけ感じていて、その物足りなさが次に会うまでの気持ちを保たせる。
見た目ではなく感性でつながる
56歳の女性が挙げた決め手は、話をじっくり聞いてくれることだった。相手の外見に触れた人は、六人の中に一人もいない。
会話が弾む相性は三回目までで判定できる。沈黙の相性は、その関係が半年もつかを決める。黙って歩ける相手なら、それはもう答えになっている。
結婚しない形が、この年代では普通にある
それぞれの家に住みながら続ける
50歳の女性は、長年誰とも深い関係を持っていなかった。共通の友人がいた男性とSNSで再会し、食事を重ねるうちに交際に発展している。今は週末婚のような形で、それぞれの家に住みながら関係を続けている。
56歳の建設関連の男性は同居を選び、54歳の女性は再婚した。形は三者三様で、どれかが正解ということはない。
50才からの関係で同居や再婚に踏み切れない理由の多くは、相手が嫌だからではない。生活を作り替えるのが億劫だからだ。親の世話がある。持ち家がある。仕事の通勤圏がある。全部を捨てなくても関係は成立する。
めんどくさいけど悪気がない、という関係
再会から交際に至った50歳の女性の表現が的確だ。クセが強い組み合わせだけど、性格は昔から変わっていなくて、めんどくさいけど悪気がない、と。
この評価には価値がある。若い頃なら相手の面倒な部分は矯正の対象だった。50代では、悪気があるかどうかだけが問われる。面倒さを受け入れたうえで、意地悪ではないと判断できるなら、それで十分続く。
昔からの知り合いが強いのはここだ。相手の変わらなさをすでに知っているので、期待の外れ方が小さい。
体の関係について、誰も聞けないこと
普通に性交渉もある、と語った人
50歳の女性は、週末婚のような関係を説明したあと、普通に性交渉もある、と付け加えている。50才からでもこんな関係が築けるなんて、とも。
この年代の情報が探しにくいのは、書かれないからだ。当事者は口にしにくく、記事は避けて通る。だから自分だけが例外なのかと感じる人が出る。
実際には、関係の形も頻度もばらついている。日常の会話を中心に据える人もいれば、体の関係を含めて続けている人もいる。どちらかが正常ということはない。
大切なのは頻度ではなく、当日の体調を確認できる関係かどうかだ。この年代は、体調も薬も個人差が大きい。急がず、相手の状態を聞ける間柄であることのほうが長く続く。
女として生きたい気持ちは消えない
56歳の主婦の女性は、夫との関係が冷え切り、セックスレスが続いていた。もう誰からも女として見てもらえない、と思っていたという。
50を過ぎても女として生きたい気持ちは消せない、というのが彼女の本音だ。
この感情に蓋をしろとは言えない。誰からも見られなくなるという実感は、加齢そのものより堪える。揺れている自分を異常だと思わないほうがいい。異常なのは感情ではなく、その扱い方を誰にも相談できない状況のほうだ。
めんどくさい、と感じたときの扱い方
なんて呼べばいい、で現実に戻る瞬間
56歳の女性は、二年ぶりにアプリを再開して同世代の会社員とマッチした。やり取りが久しぶりでドキドキしたという。
その気持ちが切り替わったのは、なんて呼べばいい、と聞かれた瞬間だった。急に現実味が増して、めんどくさい、と感じ、そのままフェードアウトした。
この反応を、意欲がないと責める必要はない。呼び名を決めるという行為は、関係に形を与える最初の一歩だ。そこで面倒に感じたなら、今は関係を作る時期ではないというだけのことになる。
恋愛はトッピングだと言い切った人
彼女はこう笑っている。50才からの恋愛はトッピングみたいなもの、日常が充実していればそれだけで十分幸せ、と。
この位置づけを持っている人ほど、続けても消耗しない。恋愛を人生の欠けた部分を埋める手段にすると、うまくいかないたびに自分の価値が下がる感覚が来る。日常の上に載せるものだと決めておけば、載らない月があっても土台は揺れない。
動き出すのは、日常が空っぽだからではなく、日常が回っているうえで誰かと分け合いたくなったときでいい。
既婚のまま揺れている人へ
僕なら寂しい思いはさせない、という言葉の危うさ
先の56歳の主婦には続きがある。20歳年下の男性と知り合い、最初は友達の枠に入れていた。ある日、僕なら寂しい思いはさせない、と言われ、手をつないでキスをしてしまった。罪悪感はあるが、関係は慎重に進めているという。
あの一言には注意がいる。寂しい思いはさせない、は、相手の孤独を正確に見抜いたうえで差し出される言葉だ。差し出す側は、こちらが最も飢えている場所を知っている。年齢差が大きいほど、その非対称は深くなる。
危ういのは相手の誠実さの有無ではない。この言葉に応じた瞬間、失うものの量が互いに違いすぎることだ。婚姻関係にある側が、慰謝料を請求される立場になる。
感情を消す前に、向かう先を決める
婚姻を続けたまま誰かに惹かれているなら、気持ちを消す努力より先に、自分がどこへ向かうのかを一行で決めておく。
この関係を終わらせるのか。夫婦の関係を作り直すのか。婚姻を解消したうえで進むのか。決めずに続けると、時間だけが過ぎて選択肢が減る。
夫婦の冷えを立て直したいなら、夫婦問題を扱うカウンセリングがある。解消を考えるなら、年金分割や財産分与の仕組みを先に知っておくと、感情ではなく条件で判断できるようになる。
始めるならここから
会える曜日と時間帯を紙に書き出す。週のどこが空いているかがわからないまま登録すると、最初のやり取りで止まる。
共通の趣味になりそうなものを一つ決める。神社巡り、読書、街歩き。六人のうち三人が趣味を入り口にしている。
会う頻度は月1回から始めると先に決める。増やしたくなっても、三ヶ月は動かさない。
50歳を過ぎて誰かを求めるのは、若さの残りかすではない。一人で老いる予感に対して、日常を分け合う相手を探すという、まっとうな行動だ。
50才からでも恋愛はできますか
できます。離婚から10年経った54歳の女性が一年で再婚し、56歳の男性がアプリで出会った相手と同居に至り、50歳の女性が旧知の相手と週末婚のような関係を続けています。若い頃のような高揚は減りますが、肩の力が抜ける関係として成立しています。
50才からの出会いはどこにありますか
マッチングアプリ、SNSでの再会、趣味のつながりが実例に挙がっています。神社巡り、読書、街歩きといった共通の趣味が関係を進める入り口になっている点が共通しています。昔の知り合いとの再会は、相手の変わらなさを知っている分、期待の外れ方が小さいという利点があります。
連絡頻度や会う頻度はどのくらいが適切ですか
週末に月1回のペースで一年続き、再婚に至った例があります。連絡は数日に一度で十分で、返信の速さより長さを見てください。頻度を上げるほど親密になるという発想は、時間に余裕があった頃の名残です。
50才からの恋愛に体の関係はありますか
普通に性交渉もある、と語る人がいます。形も頻度も人によってばらついており、日常の会話を中心に据える関係もあります。頻度より、当日の体調を確認し合える間柄であることのほうが長く続きます。
結婚しない形の関係にはどんなものがありますか
それぞれの家に住みながら週末を共に過ごす形、籍を入れずに同居する形、月に数回会う形が実例にあります。同居や再婚に踏み切れない理由の多くは相手への不満ではなく、親の世話や持ち家といった生活の事情です。全部を作り替えなくても関係は成立します。
やり取りが面倒になってしまうのはなぜですか
関係に形が与えられる瞬間に、現実味が増すためです。呼び名を聞かれた途端にめんどくさいと感じ、そのまま離れた女性がいます。恋愛を日常に載せるトッピングとして位置づけている人ほど、続けても消耗しません。
既婚のまま誰かを好きになったらどうすればいいですか
感情を消そうとする前に、自分がどこへ向かうのかを決めてください。関係を終わらせるのか、夫婦関係を作り直すのか、婚姻を解消したうえで進むのか。決めないまま続けると時間だけが過ぎ、婚姻関係がある側が慰謝料を請求される立場になります。
年下の男性からの好意は本気なのでしょうか
本気かどうかより、失うものの大きさが互いに違う点を見てください。寂しい思いはさせない、といった言葉は、こちらが最も飢えている場所に向けて差し出されています。年齢差が大きいほど、関係が壊れたときに背負う負担の差は広がります。
相手の面倒な部分をどこまで許容すればいいですか
悪気があるかどうかで判断してください。めんどくさいけど悪気がない、と評価して関係を続けている人がいます。若い頃なら矯正の対象だった面倒さも、この年代では意地悪でないと判断できれば十分続きます。

コメント