義母に認知症の症状が出て、施設の話が持ち上がった。そこで初めて通帳を見た。ほとんど残高がなかった。現役時代、棺桶にまで金を持っていけるわけじゃない、と言って使い切っていたらしい。
年金だけでは施設費が足りず、自分たちの貯金を切り崩すことになった。自分にも老後があるのに、その分まで計算に入っていなかった。四十代の女性がそう話していた。
同じ場面に立たされた人が最初に確かめるべきことは、感情ではなく順番になる。
- 配偶者の親に対して、自分に法律上の義務はあるか
- 親自身の収入と資産で、どこまで払えるか
- 申請すれば下がる制度を使い切っているか
- それでも足りない額は、月にいくらか
この順に確かめないと、いきなり家計から出す話になってしまう。
法律上、あなたに義務はない
義理の親への扶養義務は原則発生しない
民法877条1項は、直系血族と兄弟姉妹は互いに扶養する義務があると定めている。ここに配偶者の親は入っていない。義理の親は姻族であって、血族ではないからだ。
例外として、同条2項に、家庭裁判所は特別の事情があるときに三親等内の親族間でも扶養の義務を負わせることができる、という規定がある。ただしこれは、本来の義務者である子や兄弟姉妹に経済力がない場合などに限られ、実際に審判が出る例はごくわずかになる。
つまり、嫁や婿という立場で当然に負担する義務は生じない。夫の親であれば、義務を負っているのは夫のほうだ。ここを混ぜて考えると、話が最初からこじれる。
一人っ子の家庭では、この線が曖昧なまま妻や夫に負担が寄る。夫は優しいが、仕事も自分の家庭もある中で手が回らない。結局、実務も金銭も配偶者側が引き受けている、という状態になりやすい。困惑しかない、という言葉が出るのは当然になる。
実子であっても、自分の生活を削る義務ではない
では実子なら無制限かというと、そうではない。
法律上、扶養義務は二つに分かれている。夫婦のあいだや未成熟の子に対する義務は生活保持義務と呼ばれ、自分と同じ水準の生活を保障する重い内容になる。一方、成人した子が親に対して負うのは生活扶助義務で、自分の生活水準を確保したうえで、なお余裕がある場合に相手の最低限の生活を支えるという性質のものだ。
自分の老後資金を取り崩し、子どもの学費を削ってまで支えることは、この義務の範囲を超えている。世話をする側が倒れたら意味がない、と割り切った人がいたが、その判断は法の考え方とも一致している。
貯金ゼロが施設の話まで見えない理由
通帳は最後まで見せてもらえない
高齢の親が自分の財産状況を子どもに開示することは、ほとんどない。元気なうちは、聞くこと自体が失礼にあたる空気がある。だから、判明するのはたいてい入院か施設入所の手続きのときになる。
お金がないと言いながら、外食に出かけたり良い服を買ったりしている様子を見て、不信感を持つ人もいる。孫には何も買わないのに自分たちは旅行に行く、といった矛盾に引っかかる人もいる。
ここには、残高を把握していないという事情が絡んでいることが多い。年金が入るたびに使い、翌月また入る。この繰り返しに慣れた人は、総額としていくら足りないのかを計算していない。私の金があるから大丈夫だろう、と本人が言い続けているのに、実際は子ども世帯が持ち出している、という状況が生まれる。
家があるという安心が判断を遅らせる
いま住んでいる家はいずれあんたらが住めばいいから、家を買わなくていい。そう繰り返し言われていた家がある。ところが年金がほとんど出ないと分かり、売るしかないのか、と途方に暮れた。
家はあっても、そこから現金は出てこない。固定資産税がかかり、修繕費もかかる。持ち家があることは、資産があることとは違う。にもかかわらず、家があるから何とかなるという感覚が、双方の計画を止めてしまう。
年金でいくら払えるのかを先に数字にする
収入から施設費を引いて、持ち出しの月額を出す
2026年度の老齢基礎年金の満額は月額70,608円になる。国民年金だけで暮らしてきた人は、これを上限とした金額しか入ってこない。厚生年金があれば増えるが、金額は加入期間と収入で大きく変わる。
まず、親の年金額を年金振込通知書で確認する。そこから、入る予定の施設の月額費用を引く。差が持ち出しの月額になる。
この数字を出さずに支援を始めると、いつまで、いくら出るのかが分からないまま続く。最初は親の貯金があるから大丈夫だと思っていたのに、五年ほどで空になった、という家がある。骨折や入院が重なると、そこから加速する。自宅に残るもう一人の生活費や家の修繕費も、同時に発生する。
年金の範囲で入れる特別養護老人ホームや介護老人保健施設は、地域によって待機が長く、簡単には見つからない。だからこそ、先に不足額を確定させておく必要がある。
申請しないと使えない二つの制度
介護費用には、所得と資産に応じて自己負担を下げる仕組みがある。どちらも自動では適用されず、申請が要る。
- 介護保険負担限度額認定。特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護医療院、ショートステイの食費と居住費が軽減される。世帯全員が住民税非課税であることに加え、預貯金などの資産要件がある。第1段階は単身1,000万円以下、第2段階は650万円以下、第3段階は所得区分に応じて550万円以下または500万円以下が目安になる。認定を受けると、食費や部屋代が1日あたりの上限額まで下がる。毎年8月に更新の申請が必要になる。
- 高額介護サービス費。介護保険の自己負担が月の上限を超えた分が戻る。住民税課税世帯は月44,400円、住民税非課税世帯は24,600円が上限になる。ただし居住費や食費、差額ベッド代は対象外になる。
貯金がないという状況は、この制度においては要件を満たしやすいという意味を持つ。手続きは市区町村の介護保険担当窓口で行う。
世帯分離で下がる場合がある
同居している場合、住民票の世帯を分けることで判定が変わることがある。課税世帯として上限44,400円だった人が、世帯分離により非課税世帯となって24,600円に下がる可能性がある。負担限度額認定も世帯全員の課税状況を見るため、影響する。
ただし、健康保険の扶養や税の控除に影響が出る場合があり、有利になるとは限らない。実行の前に、地域包括支援センターかケアマネジャーに、自分の家の条件で試算してもらう。
それでも足りないときに残っている道
生活保護は世帯単位で判断される
制度を使い切ってなお足りず、子ども世帯の生活が崩れる水準になるなら、生活保護の検討に入る段階になる。ためらう人が多いが、これは本人の権利にあたる。
判断は世帯単位で行われる。親と別世帯であれば、子どもの収入は世帯の収入として計算されない。同居している場合は同一世帯とみなされるため、世帯を分けるかどうかが実務上の分かれ目になる。申請の窓口は住所地の福祉事務所で、地域包括支援センターに相談すれば同行してもらえることもある。
扶養照会には応じない選択がある
申請すると親族に連絡が行くのではないか、という不安が申請をためらわせている。ここは運用が変わっている。
2021年1月、当時の厚生労働大臣が国会で扶養照会は義務ではないと明言した。同年3月には、申請者が扶養照会を拒んだ場合、その理由を丁寧に聞き取り、照会をしなくてよい場合にあたるかを検討するという方針が示され、照会を行うのは扶養義務の履行が期待できると判断される者に限る、という点も明確にされた。
音信不通を理由に照会を省く基準も、20年間から10年程度へ緩められている。
照会が届いたとしても、扶養は保護の要件ではない。援助できないと回答することに問題はなく、法的な強制力もない。
出すと決めるなら、形を変えておく
立て替えではなく記録に残す
支援すると決めたなら、家計から曖昧に流れる形をやめる。
日付、金額、用途を残す。可能なら、返済を求めない前提であっても、貸付として簡単な書面を作っておく。相続が発生したとき、立て替えの証明があるかないかで、兄弟間の話し合いが変わる。何も残っていないと、負担した事実そのものが認められにくい。
兄弟がいる場合は、支出を始める前に分担を決める。介護を担った相続人が寄与分を主張する制度はあるが、認められる範囲は限定的で、揉めてから持ち出しても遅い。
現金を拒む相手への渡し方
現金を渡そうとすると全力で拒む義両親もいる。食事代をこっそり払う、菓子なら受け取ってもらえる、という程度に限られる。
この場合は、現金以外の形に置き換える。光熱費や通信費の口座を引き受ける、日用品を定期便で送る、通院のタクシー代を先に払っておく。名目が生活援助でなくなると、受け取りやすくなる。
拒否は誇りの問題であることが多い。援助されることを認めた瞬間に、立場が変わってしまう感覚がある。渡し方を変えるだけで通ることは珍しくない。
認知症が来る前にしかできないこと
まだ元気だから相続の話は早い。そう言い続けているうちに認知症が進み、何も決められなくなった家がある。判断能力が失われると、預金の解約も不動産の売却も本人の意思では動かせなくなる。成年後見の申立てが必要になり、時間も費用もかかる。
元気なうちにやれることは三つになる。
一つは、資産と負債の一覧を作ってもらうこと。金額を聞き出すのではなく、どこの銀行にいくつ口座があるか、保険はどこと契約しているか、借入はあるかを書き出してもらう形にすると、抵抗が減る。
二つ目は、家をどうするかを本人の口から言ってもらうこと。住み続けたいのか、売って施設に入るのか。自宅を担保に生活資金を借りる不動産担保型生活資金という仕組みもあり、社会福祉協議会が窓口になっている。
三つ目は、任意後見や家族信託の検討になる。判断能力があるうちにしか契約できない。行政書士や司法書士に相談すれば、必要かどうかの判断はつく。
結婚する前に相手の親の経済状況を把握しておくべきだった、と振り返る人は多い。ただ、いま気づいた時点でも、認知症が来る前なら間に合う部分は残っている。動かせるのは、義務の範囲ではなく準備の早さのほうになる。
嫁や婿に義両親を扶養する義務はありますか
原則としてありません。民法877条1項が扶養義務を定めているのは直系血族と兄弟姉妹で、配偶者の親は姻族にあたるため含まれません。同条2項により家庭裁判所が三親等内の親族に義務を負わせる例外はありますが、本来の義務者に経済力がない場合などに限られ、実際に審判が出る例はごくわずかです。
実の子はどこまで負担しなければいけませんか
成人した子が親に対して負うのは生活扶助義務で、自分の生活水準を確保したうえで余裕がある範囲で支えるという性質のものです。夫婦間や未成熟の子に対する生活保持義務とは異なり、自分と同じ水準を保障する義務ではありません。自分の老後資金や子どもの学費を削ってまで負担する義務は生じません。
施設の費用を下げる制度はありますか
介護保険負担限度額認定と高額介護サービス費の二つがあり、どちらも申請しないと適用されません。前者は世帯全員が住民税非課税で預貯金が基準以下の場合に、特別養護老人ホームなどの食費と居住費が軽減されます。後者は介護保険の自己負担が月の上限を超えた分が戻る仕組みで、課税世帯は44,400円、非課税世帯は24,600円が上限になります。
世帯分離をすると何が変わりますか
課税世帯として高額介護サービス費の上限が44,400円だった場合、世帯分離により非課税世帯となって24,600円に下がる可能性があります。負担限度額認定も世帯全員の課税状況で判定されるため影響します。ただし健康保険の扶養や税の控除に影響が出ることもあるため、地域包括支援センターかケアマネジャーに自分の家の条件で試算してもらってください。
親に生活保護を受けさせることはできますか
判断は世帯単位で行われるため、親と別世帯であれば子どもの収入は世帯の収入に算入されません。同居している場合は同一世帯とみなされるので、世帯を分けるかどうかが実務上の分かれ目になります。申請は住所地の福祉事務所で行い、地域包括支援センターに相談すれば同行を頼めることもあります。
生活保護を申請すると親族に連絡が行きますか
扶養照会は義務ではないと2021年に厚生労働大臣が国会で明言しています。同年の通知で、申請者が照会を拒んだ場合は理由を丁寧に聞き取ったうえで判断し、照会を行うのは扶養義務の履行が期待できると判断される者に限ると明確化されました。照会が届いた場合も、扶養は保護の要件ではないため、援助できないと回答して構いません。
立て替えた介護費用は相続のときに戻ってきますか
自動的には戻りません。日付と金額と用途を記録し、可能なら貸付として簡単な書面を残しておいてください。介護を担った相続人が寄与分を主張する制度はありますが認められる範囲は限られるため、支出を始める前に兄弟間で分担を決めておくほうが確実です。
家はあるが現金がない場合、どうすればいいですか
持ち家は資産であっても現金化しなければ費用に充てられず、固定資産税と修繕費が発生し続けます。売却して施設費に充てるか、自宅を担保に生活資金を借りる不動産担保型生活資金を検討する方法があり、後者は社会福祉協議会が窓口になっています。いずれも本人の判断能力があるうちにしか進められません。
認知症になると何ができなくなりますか
判断能力が失われると、預金の解約も不動産の売却も本人の意思では行えなくなり、成年後見の申立てが必要になって時間と費用がかかります。任意後見や家族信託の契約も、判断能力があるうちにしか結べません。資産の一覧作り、自宅をどうするかの意思確認、後見や信託の検討は、元気なうちに済ませてください。

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