お菓子を届けて、少し挨拶して帰るだけのはずだった。気づけば何時間も経っていて、その日の予定は総崩れになっている。話は途切れなかった。切り上げようとするたび、次の話題が湧いてきた。
帰り道で疲れ切りながら、どこかで自分を責めている人が多い。もう少し我慢すればよかった、年寄りの話くらい聞いてやればよかった、と。
その疲労は、優しさが足りないから起きているのではない。会話が成立していない場に長時間いると、人は必ず消耗する。相槌を打ち続ける作業は、話すことよりエネルギーを使う。
一方的に話し続ける背景には、おおむね三つが重なっている。
- 話を途中で止める脳のブレーキが利きにくくなっている
- 耳が遠く、こちらの言葉が届かないまま頷いている
- 日常で話す相手が極端に少ない
性格の問題として片付けると、対処を間違える。順に見ていく。
会話ではなく、独白になっている
相手の反応を見ないまま進む
会話には、相手の表情を見て速度を変える動作が含まれている。退屈そうな顔をしたら短くする、質問が来たら答える。この調整が働かなくなると、形は会話でも中身は演説になる。
親戚の家で長居になった女性は、退屈しきった従姉妹や姪に話を振ってしのごうとした。ところが振った先の話題も、すぐ元の流れに引き戻される。誰が何を言っても、川の流れが変わらない状態だった。
この場にいると、自分がいてもいなくても同じだという感覚が生まれる。それが疲労の正体になる。時間を取られたことより、存在を数えられていないことのほうがこたえる。
こちらの話が数秒で昔話にすり替わる
職場や近所でも同じことが起きる。こちらが何か話しても、すぐ相手の昔話や自慢話に変換される。しかも、っていうかさ、お前はそう言うけど、という否定から入ってくる。
助言のつもりで語られる場合もある。俺の若い頃は、昔は、と始まる話は、前提条件がまるで違うので使えない。それでも本人は役に立つと信じている。
数秒で済む内容を五倍の時間をかけて伝え、そのうえ何度も繰り返す。伯父や伯母との会話で心も脳も疲れ果てる、と話していた人がいた。話の長さだけでなく、同じ話が何周もすることが効いている。
一方的になる理由は、脳と孤独の二つ
話を止めるブレーキが利きにくくなる
年齢とともに、前頭葉の働きが落ちる。ここは、いま言うべきかどうかを判断し、不要な発話を抑える役割を担っている。この抑制が弱まると、思いついたことがそのまま口から出るようになる。
同時に、直前の会話を保持する力も落ちる。さっき同じ話をしたという記憶が残らないので、本人にとっては毎回が初回になる。何度言っても延々と語ってすぐ忘れる、と介護に携わる人が話していた。叱っても効果がないのは、叱られた場面ごと消えるからだ。
さらに、複数のことを同時に伝えられると処理が追いつかない。あれこれ言うと頭の中が混乱する、という指摘は正確で、伝える内容を一度に一つへ絞るだけで反応が変わることがある。
聞こえていないまま頷いている場合がある
見落とされやすいのが難聴だ。加齢性の難聴は高い音から落ちるため、子音が聞き取りにくくなる。母音は届くので、話しかけられていることは分かる。何を言われたかだけが分からない。
耳が遠いことを隠している人は多い。聞き返すのが恥ずかしいので、うんうんと頷いてやり過ごす。理解しているように見えて、実際には受け取っていない。
この状態だと、こちらの発言を織り込めないので、会話は自分の話を出し続ける形にならざるを得ない。一方的に見える人の一部は、単に聞こえていない。テレビの音量が上がっていないか、聞き返しが増えていないかを確かめておく価値がある。
話す相手がいない時間が長すぎる
配偶者を亡くし、子どもは遠方、近所付き合いも減った。一日誰とも口をきかない日が続く生活は珍しくない。そこへ話し相手が現れれば、溜まっていた分が一気に出る。
病院の窓口で職員に絡む人、宅配の人を引き止める人。相手が誰でもいいわけではなく、逃げられない立場の人が選ばれている。ここに気づくと、対処の方向が変わる。量を我慢するのではなく、話す機会を分散させる方向に効く。
一方で、最初から一方通行を選んでいる人もいる。世代が違えばどうせ通じないと考え、交流の意思を持たずに発信だけをする。この場合は、聞き役を続けても関係は深まらない。
角を立てずに切り上げる言い方
入る前に終わりの時間を宣言しておく
始まってから抜けようとすると、必ず角が立つ。玄関に入る前、あるいは電話に出た直後に終わりを置く。
- 30分だけ寄らせてもらいますね
- 4時に出ないといけないので、それまでお話しさせてください
- このあと予定があるので、少しだけ
先に言われた時間は、制限ではなく約束として受け取られる。途中で切り上げても、裏切りにならない。
話の途中ではなく、区切りで立つ
文の途中で遮ると、否定されたと受け取られる。ひとつの話が終わって息を吸った瞬間に、体を先に動かす。立ち上がる、荷物を持つ、上着を着る。言葉より動作のほうが伝わる。
そのとき使う言葉は短くていい。用事があるので、これで失礼します。理由を詳しく説明すると、その説明に食いついて話が再開する。説明は少ないほど早く終わる。
次の約束に変換して渡す
話が終わらないのは、寂しさが背景にある場合が多い。切るときに、次を置いておくと収まりやすい。
続きは今度伺ったときに聞かせてください、来週また電話します、と具体的な形で渡す。切られたのではなく、預けたという感覚になる。実際に次を短い頻度で入れると、一回あたりの長さが減っていく。月に一度の長時間より、週に一度の短時間のほうが、双方の負担が軽い。
介護の現場が使っている、正面から止めない技術
90歳の男性が、俺は帰る、と言って玄関に向かって歩き出す。このとき正面から立ちふさがると、怒りだけが残る。現場でとられているのは別の方法だ。
一緒に歩きながら、話を合わせる。相手の言い分に乗って、一緒に怒ったり笑ったりする。しばらくすると気持ちが落ち着いて、自然に戻れるようになる。制止ではなく並走にする、と言い換えられる。
これは長話にも応用が利く。話を否定せず、内容に乗ったうえで、こちらから場所を動かす。お茶を淹れに立つ、庭を見に行こうと誘う、片付けを一緒に始める。体が動くと、話の流れがいったん途切れる。座ったまま言葉で抜けようとするより、はるかに成功率が高い。
相手のペースに合わせるというのは、無限に付き合うことではない。乗ったうえで、行き先をこちらが決めるということになる。
窓口や公共の場で始まったとき
病院の会計窓口で、手続きの最中にまったく関係のない話を始めた男性がいた。作業は止まり、後ろの列は伸びる。担当者に言っても仕方のない内容なのに、大声で二分以上絡み続けた。周囲にいた別の高齢者が、病院で大声を出すなと加勢して、ようやく収まったという。
第三者としてこの場面に居合わせたとき、直接注意するのは避けたほうがいい。年寄りの話を聞け、という態度に転じられると、こちらが悪者の位置に立たされる。
やることは一つで、職員に伝える。他の窓口を開けてもらえますか、と職員側に選択肢を渡す。相手ではなく、運営に働きかける形にする。窓口担当者にとっても、第三者から声が上がったほうが対応を切り替えやすい。
自分が職員の側にいる場合は、話の内容に答えようとしないこと。答えるほど枝が伸びる。手続きに関することだけ返し、それ以外は担当が違うと伝えて動線を変える。
聞き役をやめていい線引き
親や親族の場合、会う頻度を減らすことに強い罪悪感が伴う。ただ、こちらが消耗しきって関係そのものを断つより、短く定期的に会うほうが長く続く。
見直す目安は三つある。会ったあと半日以上、体が動かない状態が続くか。相手の話の内容を、翌日ひとつも思い出せないか。行く前日から気が重いか。二つ以上当てはまるなら、一回の滞在時間を半分にして、回数を増やす形に組み替えていい。
兄弟がいるなら、聞き役が一人に集中していないかも確認する。担当が固定されると、その人だけが磨り減る。
そして、同じ話が急に増えた、話の筋が飛ぶようになった、日付や場所が合わなくなったという変化があるなら、性格ではなく体の問題として扱う。かかりつけ医に相談すれば、認知機能の検査につながる。長話を我慢する話ではなくなる。
一方的に話す背景には、聞いてほしいという気持ちがある。ただ、聞く側の事情を勘定に入れないまま続けば、人は静かに離れていく。距離を置かれてからでは、話す相手はもっと減る。だから短く区切ることは、冷たさではなく、関係を残すための調整になる。
高齢者はなぜ同じ話を何度も繰り返すのですか
直前の会話を保持する力が落ちるため、以前話したという記憶が残らず、本人にとっては毎回が初めて話す場面になっているためです。叱っても改善しないのは、叱られた場面自体が残らないからです。指摘して直させるより、相槌を短くして自然に話題を移すほうが早く収まります。
一方的に話すのは認知症の始まりですか
年齢による前頭葉の働きの低下でも起きるため、それだけで判断はできません。ただし、同じ話が急に増えた、話の筋が飛ぶ、日付や場所が合わないといった変化が重なる場合は、かかりつけ医に相談してください。長話そのものではなく、変化の速さと他の症状の有無が判断の材料になります。
こちらの話をすぐ昔話にすり替えるのはなぜですか
相手の反応を見て話の速度や内容を調整する働きが弱まり、思いついたことがそのまま口から出るためです。助言のつもりで語られることも多く、本人には役に立つという実感があります。前提条件が違うので受け取る必要はなく、内容に反論せず短い相槌で流すほうが消耗しません。
長話を失礼にならずに切り上げるには何と言えばいいですか
始まる前に終わりの時間を伝えておくのが最も効きます。30分だけ寄らせてもらいます、4時に出ないといけません、と先に置けば制限ではなく約束として受け取られます。切るときは話の途中ではなく区切りで立ち上がり、用事があるのでこれで失礼します、と短く伝えてください。
耳が遠いことと、話が噛み合わないことは関係がありますか
関係があります。加齢性の難聴は高い音から落ちるため、話しかけられていることは分かっても内容が聞き取れず、聞き返すのが恥ずかしくて頷いてやり過ごしている場合があります。テレビの音量が上がっていないか、聞き返しが増えていないかを確認し、必要なら耳鼻科の受診を勧めてください。
介護の現場では一方的に話す人にどう対応していますか
正面から制止せず、話に乗ったうえでこちらから場所を動かす方法がとられています。帰ると言い出した人を止めるのではなく一緒に歩き、話を合わせるうちに気持ちが落ち着く、といった対応です。お茶を淹れに立つ、庭を見に誘うなど体を動かすと、座ったまま言葉で抜けるより流れが切れやすくなります。
窓口で長話をしている人がいたら注意していいですか
直接注意すると、年寄りの話を聞けという反応に転じて自分が悪者の位置に立たされることがあります。職員に対して、他の窓口を開けてもらえますかと伝え、運営側に判断を渡してください。職員の立場にある場合は、手続きに関する内容だけ返し、それ以外は担当が違うと伝えて動線を変えると収まります。
話を聞き続けて疲れる場合、会う頻度を減らしてもいいですか
会ったあと半日以上動けない、話の内容を翌日ひとつも思い出せない、行く前日から気が重い、この二つ以上に当てはまるなら組み替えてください。一回の滞在を半分にして回数を増やすほうが、双方の負担が軽くなります。兄弟がいる場合は、聞き役が一人に固定されていないかも確認してください。

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