75歳以上は義務化されているはずだ。そう思い込んでいた人が、調べ直して努力義務だと知って驚く。逆に、70歳からだったのか、65歳だと思っていた、しかも義務ではないのか、と二重に驚く人もいる。
この混乱には理由がある。義務化された期間が、実際に存在したからだ。
高齢者マークが罰則付きで義務化されていたのは、2008年6月1日から2009年4月24日までになる。1年に満たない期間で適用が停止され、現在は努力義務に戻っている。
制度の変遷を並べると、こうなる。
- 1997年10月30日 道路交通法改正により、75歳以上を対象とした努力義務として導入
- 2002年6月1日 努力義務の対象を75歳以上から70歳以上へ引き下げ
- 2008年6月1日 改正道路交通法の施行により、75歳以上の表示が罰則付きで義務化
- 2009年4月24日 改正法により、75歳以上の表示義務の規定は当分の間適用しないとされ即日施行
- 2011年2月1日 デザインが四つ葉のクローバーを模したものへ変更
義務化は実在した。ただし1年足らずで止まった
2008年6月1日から2009年4月24日まで
義務化に向けた動きは、その2年ほど前から始まっていた。警察庁の交通局は2006年12月に表示義務化を含む道路交通法改正試案を公表し、意見を募集した。2007年3月2日には改正法案が閣議決定され、国会に提出されている。
そして2008年6月1日、改正道路交通法の施行により、75歳以上の運転者による高齢運転者標識の表示が義務となった。違反した場合の扱いは、普通自動車で反則金4,000円、違反点数1点とされた。
それが2009年4月24日、道路交通法の一部を改正する法律により、75歳以上の運転者の表示義務の規定は当分の間適用しないとされ、即日施行された。義務は、施行から11か月に満たないうちに停止した。
反則金が切られる前に適用が止まった
もう一つ、押さえておきたい事情がある。
警視庁が2008年2月に75歳以上を対象に調べたところ、58.2%が表示していなかった。施行しても大量の違反者が出ることが分かっていたため、施行後の一定期間は摘発を行わず、口頭での指導にとどめるという方針がとられた。
その猶予期間が終わるより先に、適用が停止された。つまり、罰則付きの義務として書かれてはいたものの、実際に反則金が切られる段階に入る前に終わっている。
義務だった時期があると聞いて調べても実感がつかめないのは、そのためになる。制度としては存在し、運用としてはほとんど動かなかった。
いまはどうなっているのか
70歳以上は努力義務、75歳以上も適用停止中
現在の扱いを整理する。
70歳以上75歳未満の人については、加齢に伴って生じる身体機能の低下が運転に影響を及ぼすおそれがあるとき、という条件つきの努力義務になる。75歳以上になるとこの条件が外れ、全員が対象として扱われるが、こちらも適用が停止されているため実質は努力義務になる。
どちらの年齢でも、付けていないことに対する罰則や反則金はない。表示するかどうかは運転者本人の判断に委ねられている。
条文は生きたまま眠っている
ここが分かりにくさの核心になる。
道路交通法第71条の5は、第2項で75歳以上の表示義務を、第3項で70歳から74歳の努力義務を定めている。第2項は、いまも義務として書かれたまま残っている。
停止しているのは条文そのものではなく、その適用だ。根拠は道路交通法の附則第22条で、当分の間適用しないと定めている。義務の規定が眠った状態で保存されている、と言い換えられる。
だから、75歳以上は義務という説明も、努力義務という説明も、どちらも間違いではない。前者は条文を見ていて、後者は現在の運用を見ている。
なぜ撤回されたのか
年齢で線を引くことへの反発
2008年当時、年齢による線引きへの不満が社会全体に広がっていた。同じ年に後期高齢者医療制度が始まり、名称も含めて強い批判を浴びていた。そこへ、75歳以上の運転者にだけ標識を義務づける制度が重なった。
高齢の運転者からは、なぜ自分たちだけが目印を付けなければならないのか、という反発が出た。与党の内部からも異論が上がり、施行の前後を通じて見直しを求める声が続いた。
デザインへの抵抗が重なっていた
もう一つの要因が、当時のマークの見た目だった。1997年に導入された橙と黄の二色のデザインは、初心者マークの若葉に対してもみじマークと呼ばれたが、枯れ葉マーク、落ち葉マークという呼び方も広く使われていた。
義務化への抵抗と、デザインへの抵抗は絡み合っていた。適用停止のあと、警察庁は2009年7月に代替案の再公募を発表し、11月から翌年1月にかけてデザイン案を募集した。集まった1万4573点から選ばれたのが、四つ葉のクローバーとシニアの頭文字を組み合わせた現在のマークになる。2010年8月に発表され、2011年2月1日から運用が始まった。
旧デザインのもみじマークも、引き続き使用できる。
大御所の俳優がマネージャーから高齢者マークを渡され、こんな物いるか、と投げたという話が伝わっている。努力義務であっても模範となる行動をしてほしい、と感じた人がいた。抵抗感の強さは、制度が撤回された背景そのものでもある。
初心者マークとの決定的な違い
若葉マークは本当に義務
義務だと言われているのに反則金も減点もない。一方で初心者マークは付けていないと違反になる。この差を指摘する声は多い。
指摘は正確だ。初心運転者標識は、普通免許を受けて1年を経過していない人に課された表示義務で、こちらは適用が停止されていない。違反すると違反点数1点、反則金4,000円が科される。
若葉マークは義務期間が1年と短いので色が保たれやすいのに対し、高齢者マークは日焼けして色が薄くなっているものをよく見かける、という観察もあった。付けている期間の長さが、そのまま制度の性質の違いを映している。
付ける側に義務がなく、周囲に義務がある
ただし、高齢者マークにまったく法的な力がないわけではない。効力は、付けた側ではなく周囲に向いている。
高齢運転者標識を表示した普通自動車に対して、危険防止のためやむを得ない場合を除き、幅寄せや割込みをすることは道路交通法で禁じられている。違反した側には5万円以下の罰金、普通自動車の反則金6,000円、基礎点数1点が科される。
付ける義務はなく、付けた車に配慮する義務が周囲に生じる。この非対称が、この標識の設計になっている。
再び義務化される可能性
附則が外れれば1点と4,000円
事故のニュースを見るたびに、義務化して罰則をつけてほしいと感じる人がいる。年齢ごとに枚数を変えて分かりやすくしてはどうか、60歳で1枚、70歳で2枚といった案を口にする人もいる。逆に、義務になったら冗談のステッカーが貼れなくなるから今のままでいい、という声もある。
制度としては、復活の手続きは難しくない。適用停止の根拠である附則第22条が削除されるなどの法改正が行われれば、75歳以上の表示義務がそのまま働き始める。その場合、高齢運転者標識表示義務違反として、違反点数1点、反則金4,000円が科されることになる。
新しく法律を作る必要はなく、眠っている条文を起こすだけで済む。
制度は別の方向へ動いている
ただ、近年の政策の重心は標識ではなく、免許の更新手続きのほうに移っている。
2022年5月13日に施行された改正道路交通法により、75歳以上で過去3年間に一定の違反歴がある人には運転技能検査が導入された。実際に車を運転して採点を受け、合格しなければ免許を更新できない。同時に、運転できる車を安全機能付きのものに限定するサポートカー限定免許も設けられた。
さらに2026年6月、警察庁は運転技能検査の内容を見直す方針を明らかにしている。追跡調査で想定と異なる結果が出たことを受けたもので、有識者による検討会を設け、道路交通法施行規則の改正も視野に議論するとしている。現時点では検討の入り口で、具体的な変更内容や時期は決まっていない。
見た目で示す標識より、運転能力を直接確かめる方向へ制度が動いている。この流れが続く限り、標識の義務化が優先課題になる見込みは高くない。
義務でない今、どう判断するか
家族が勧めても拒まれるとき
75歳を超えた祖母に何度マークを貼るよう言っても拒否され、運転を続けている。いまのところ事故は起きていないが、いつ起きるか気が気でない。そう話す人がいた。
義務ではないため、法律を根拠に押すことはできない。ここで有効なのは、伝え方を変えることになる。危ないから付けてほしいと言えば、運転能力を否定されたと受け取られる。周りに気をつけてもらうために付けてほしい、と言えば、守られる側の話になる。
実際、マークを付けた車への幅寄せや割込みは違反になる。周囲に義務が生じるという事実を伝えると、受け入れられやすい。
選び方で抵抗感は下がる
70歳が近づいて、そろそろ貼ろうかと考えた人が、努力義務だから貼らなくてもいいと知ったうえで、貼るなら気に入ったものにしようと決めた。おしゃれなものや可愛いものを探し、最終的に息子の妻に選んでもらうことにしたという。
この順序は理にかなっている。義務ではないからこそ、選ぶ余地がある。もみじマークと四つ葉マークはどちらも使えるので、好みで決めていい。
ただし、規格から外れた加工品は標識としての効力を持たない可能性がある。デザインを大きく変えたものや極端に小さいものは避け、適合品と表示されたものを選ぶ。貼る位置は、車の前面と後面にそれぞれ1枚ずつ、地上0.4メートル以上1.2メートル以下の見やすい場所になる。
義務化を待つ必要はない。義務でない期間のほうが、選び方も貼るタイミングも自分で決められる。
高齢者マークはいつ義務化されたのですか
2008年6月1日に改正道路交通法が施行され、75歳以上の運転者による表示が罰則付きで義務化されました。違反した場合は普通自動車で反則金4,000円、違反点数1点とされていました。ただし2009年4月24日に適用が停止され、義務だった期間は1年に満たない長さで終わっています。
現在は義務なのですか、努力義務なのですか
現在は努力義務で、付けていないことへの罰則はありません。70歳以上75歳未満は、加齢による身体機能の低下が運転に影響を及ぼすおそれがあるときの努力義務で、75歳以上は条件を問わず対象になりますが、こちらも適用が停止されています。義務という説明と努力義務という説明が両方あるのは、条文が残ったまま適用だけが止まっているためです。
なぜ義務化は撤回されたのですか
年齢で線を引くことへの反発が強く、同時期に始まった後期高齢者医療制度への不満とも重なりました。当時のもみじマークが枯れ葉を連想させるという批判も根強く、義務化への抵抗とデザインへの抵抗が絡み合っていました。適用停止の後、デザインが公募し直され、2011年2月1日から四つ葉マークになっています。
付けないと反則金や減点はありますか
現在はありません。ただし適用停止の根拠である道路交通法附則第22条が削除されるなどの法改正が行われれば、高齢運転者標識表示義務違反として違反点数1点、反則金4,000円が科されます。新しく法律を作る必要はなく、眠っている条文を起こすだけで復活する仕組みです。
初心者マークとは何が違うのですか
初心運転者標識は普通免許を受けて1年を経過していない人への表示義務で、適用が停止されていないため、付けていないと違反点数1点、反則金4,000円が科されます。高齢者マークは同じ標識でも適用が止まっており、罰則がありません。一方で、高齢者マークを表示した車への幅寄せや割込みは周囲の側の違反となり、5万円以下の罰金、普通自動車の反則金6,000円、基礎点数1点が科されます。
今後また義務化される可能性はありますか
条文が残っているため、法改正によって復活させることは可能です。ただし近年の政策は標識より免許更新の手続きに重心が移っており、2022年5月から75歳以上で一定の違反歴がある人に運転技能検査が導入されました。2026年6月には警察庁がその検査内容の見直し方針を示し、有識者による検討が始まっています。
家族が付けるのを拒みます。どうすればいいですか
義務ではないため、法律を根拠に押すことはできません。危ないから付けてほしいと伝えると運転能力の否定として受け取られるので、周囲に気をつけてもらうためという伝え方に変えてください。マークを付けた車への幅寄せや割込みは相手側の違反になるという事実を添えると、守られる側の話として受け入れられやすくなります。
もみじマークと四つ葉マークはどちらを使えばいいですか
どちらも現在使用でき、効力に差はありません。1997年導入の旧デザインがもみじマークで、2011年2月1日から四つ葉のクローバーをモチーフにしたデザインが加わりました。規格から外れた加工品は効力を持たない可能性があるため、適合品と表示されたものを選び、前面と後面に1枚ずつ、地上0.4メートル以上1.2メートル以下の見やすい位置に付けてください。

コメント