老人のくちゃくちゃ音がうるさいのはなぜ|加齢で起きる四つの変化

朝の電車で隣に座った高齢の男性が、何かを食べながら音を立て続ける。イヤホンをしていても漏れてくる。席を立てば当てつけに見えそうで動けない。降りる頃には、その日の気分が完全に沈んでいる。

この苛立ちに罪悪感を持つ必要はない。咀嚼音は人の脳が最も強く反応する音の一つで、我慢が足りないという話ではない。

同時に、知っておくと少しだけ息がしやすくなる事実がある。あの音は、出している本人の耳にほとんど届いていない。悪意でも開き直りでもなく、聞こえていないから止まらない。

高齢者の咀嚼音が大きくなる理由は、おおむね四つに絞れる。

  • 入れ歯が合わず、噛むたびに空気とずれの音が出る
  • 唾液が減って口の中が乾き、粘る音が出やすい
  • 鼻がつまって口で呼吸するため、口を開けたまま噛むことになる
  • 唇を閉じる力が落ち、噛んでいる間に口が開いてしまう

そして、これらを本人が確認できない理由が、聴力の側にある。

目次

その音は、本人にほとんど聞こえていない

加齢で落ちるのは高い音から

加齢性の難聴は、低い音から均等に落ちていくのではない。高い周波数から先に失われていく。会話の声はまだ聞き取れているのに、体温計の電子音や炊飯器の合図に気づかない高齢者が多いのは、この順番のせいだ。

咀嚼音のうち、周囲が不快に感じている成分は高い帯域に集まっている。舌が離れるときの破裂に近い音、唇が開くときの弾ける音。まさにその帯域が、本人の耳から先に消えていく。

自分でも気づけるはずだと疑問を持った人がいた。健康な聴力を持つ人の感覚では、当然そうなる。実際には、周囲が最も嫌がっている成分だけが本人の側で欠落している。

骨を伝わる自分の咀嚼音も届かなくなる

自分の咀嚼音は、空気を伝わる分だけでなく、顎の骨を通って直接内耳に届く。本来なら他人の咀嚼音よりはるかに大きく聞こえるはずで、若い人が自分の噛む音を気にするのはそのためだ。

ところが内耳の感度そのものが落ちていれば、骨から届く音も同じように小さくなる。自己点検の回路が切れた状態と言っていい。ここに、音が出ている側には聞こえず、受け取る側だけが増幅して受け取るという非対称が生まれる。同じ空間にいるのに、二人が聞いている音量がまるで違う。

加齢で口に起きる四つの変化

入れ歯が合っていない

総入れ歯の噛む力は、自分の歯の2割から3割ほどまで落ちるとされる。歯ぐきは年々やせるので、作った当初は合っていた入れ歯も数年で浮きが出る。噛むたびに入れ歯と歯ぐきの間で空気が動き、吸着が外れる瞬間に音が鳴る。

飲食店で働く人が、入れ歯の影響ではないかと感じていたのは的を射ている。合わない入れ歯を使い続けている高齢者は珍しくなく、痛みが出ていないので不具合として認識されにくい。

口の中が乾いている

唾液の量は加齢で減る。加えて、高齢者が飲んでいることの多い降圧剤、抗うつ薬、抗アレルギー薬、睡眠薬には口を乾かす作用を持つものが多い。乾いた口で食べ物を動かすと、粘りついて剥がれる音が出る。

食事中でもないのに口の中で鳴る不規則な音の正体は、多くがこれだ。乾いた粘膜と舌が触れて離れる音で、本人は無意識に舌を動かして口を潤そうとしている。舌打ちにもクチャ音にも聞こえない独特の音が出るのは、そのためになる。

鼻がつまって口で息をしている

慢性の鼻炎や鼻の変形で鼻の通りが悪くなると、食事中も口で呼吸しなければ息が続かない。口を閉じて噛むと窒息感が出るので、開けたまま噛む。若い世代でも鼻炎の人に同じ現象が起きる。

唇を閉じる力が落ちている

口の周りの筋肉も加齢で衰える。オーラルフレイルと呼ばれる状態で、噛んでいる最中に唇の合わせ目が保てず、そこから音が漏れる。本人は閉じているつもりでいることが多い。

四つのどれも、意志で直せるものではない。歯科や耳鼻科で扱う話になる。

受け取る側の耳にも、音を増幅する仕組みがある

咀嚼音だけが我慢できないミソフォニア

工事の騒音は平気なのに、咀嚼音だけは耐えられない。この偏りを持つ人は少なくなく、ミソフォニアと呼ばれている。特定の音に対して、音量とは不釣り合いな怒りや嫌悪、逃げ出したい衝動が起きる状態で、咀嚼音は最も多い引き金になっている。

音を聞き取る領域と、感情や体の反応を司る領域の結びつきが強く出ていると考えられている。つまり、うるさいと感じる前に体が反応している。我慢の量で解決できない理由がここにある。

病院の同室で口を鳴らす音が1時間以上続き、ノイローゼになりそうだと語った人がいた。逃げ場のない空間では、この反応が延々と積み上がる。

意識を向けた瞬間から音は大きくなる

一度その音を認識すると、脳は同じ音を探し始める。音量が上がったわけではないのに、はっきり聞こえるようになる。他の音は気にならないのに、その音だけが浮き上がってくる感覚は、注意の向き先が作っている。

だから対処の順番は、我慢を強めることではない。音を物理的に薄めるか、その場から離れるかの二つになる。

場所ごとの、今日から使える逃げ方

咀嚼音は突発的で高い音を含むため、ノイズキャンセリング機能では消しにくい。あの機能が得意なのは、電車の走行音のように低くて途切れない音だ。効くのは、耳をふさぐ物理的な遮音と、隙間を埋める音の二本立てになる。

  • 遮音性の高いイヤーピースに交換する。フォームタイプが効く
  • 音楽ではなくホワイトノイズや雨音を流す。音の隙間が埋まり、咀嚼音が浮かなくなる
  • 音量を上げて対抗しない。耳を傷めるうえ、音は消えない

電車とバスは車両ごと移る

同じ車両の中で席を移動すると角が立つ。次の停車駅で降りて隣の車両に乗り換えれば、誰にも意図は伝わらない。通勤時間帯なら、乗る号車を固定しない方が当たりを引く確率が下がる。

映画館は予約の時点で決まる

咀嚼音、いびき、席を立つ音。上映が始まってからでは動けないので、勝負は座席を選ぶ画面上で終わっている。平日の日中は割引で高齢者の来場が増えるので、避けるなら夜の回か週末の朝一番になる。座席は最後列の端か、前後に空席が残っている列を選ぶ。二人並びの席の片側だけが空いているブロックは、当たり外れが大きい。

いびきや会話まで含めて苦痛だった女性の話を聞くと、専用の上映回がほしいという気持ちも分かる。現実的に選べるのは、時間帯と席の位置になる。

飲食店とカフェは店員に頼む

前の席の咀嚼音でモーニングが台無しになったという話があった。空席があるなら、店員に静かな席への移動を頼んでいい。理由を説明する必要はなく、あちらの席は空いていますか、で通る。カウンターは隣との距離が近いので、テーブル席の壁側の方が安全になる。

病院の同室は看護師に相談していい

入院中は逃げ場がない。音が原因で眠れない状態は、療養に直接響くので、看護師に伝えるのは正当な相談だ。部屋の空き状況によっては移動できる。難しければ、耳栓の使用やベッドの位置の変更を相談する。我慢して悪化させることに、誰の得もない。

注意していいのか、どう言えばいいのか

見知らぬ相手には言わない

公共の場で咀嚼音を注意して、素直に受け入れられることはまずない。相手は自分の音が聞こえていないので、いきなり責められたという受け取り方になる。逆上のリスクを負ってまで得るものがない。年齢を考えると言い出しにくいという感覚は、判断として正しい。

家族には音ではなく歯科の話として持ちかける

親や配偶者なら話が変わる。ただし、音を立てないでという伝え方をすると、人格を否定されたと受け取られて終わる。本人の自覚がない以上、心当たりのないことを責められた形になる。

持ちかけ方は、食事の場面から切り離すことに尽きる。入れ歯を作ってから何年経ったかを尋ね、歯ぐきがやせて合わなくなる話を出す。口の乾きを感じないかを聞き、飲んでいる薬の影響を医師に相談してみようと持ちかける。テレビの音量が上がっていることに触れて、耳の検査を勧める。

入れ歯の調整と口腔乾燥の治療で音が変わることは実際にある。聴力を補えば、自分の音に気づける可能性も戻る。責める話ではなく、体の調子の話として運ぶと動きやすい。

自分が言われる側にならないために

高い音から聞こえなくなる以上、いつか誰もが自己点検を失う側に回る。防ぐ方法は一つで、聞こえの低下を放置しないことになる。

40代を過ぎたら、テレビの音量が上がった、電子音に気づかない、聞き返しが増えたという変化を、疲れのせいにしないでおく。歯を残すこと、合わない入れ歯を使い続けないこと、口の乾きを医師に伝えること。この三つが、20年後に隣の席の誰かを苛立たせないための備えになる。

いま耐えている音の正体が分かると、少なくとも相手の人格に理由を求めずに済む。不快なことは変わらないが、席を移るという単純な行動に移りやすくなる。

高齢者はなぜ咀嚼音が大きいのですか

入れ歯が歯ぐきに合わなくなって噛むたびに音が出る、唾液が減って口の中が乾き粘る音が出る、鼻がつまって口を開けたまま噛む、唇を閉じる筋肉が衰えて隙間が空く、という四つの変化が重なるためです。どれも意志では直せず、歯科や耳鼻科で扱う内容になります。加齢による変化なので、若い世代より該当者が多くなります。

本人はなぜ自分の音に気づかないのですか

加齢性の難聴は高い周波数から先に落ちるためで、周囲が最も不快に感じる咀嚼音の成分が本人の耳から欠けています。自分の咀嚼音は顎の骨を通って内耳に届きますが、内耳の感度そのものが落ちていれば、その経路でも小さくしか届きません。悪意や開き直りではなく、確認する手段を失っている状態です。

食べていないのに口が鳴るのは何ですか

口の中の乾きが原因であることが多く、乾いた粘膜と舌が触れて離れるときに音が出ます。加齢に加えて、降圧剤や抗アレルギー薬、睡眠薬など唾液を減らす作用を持つ薬の影響もあります。本人は無意識に舌を動かして口を潤そうとしているため、癖のように見えます。

ノイズキャンセリングイヤホンは咀嚼音に効きますか

咀嚼音は突発的で高い成分を含むため、低く途切れない音を得意とするノイズキャンセリングでは消しにくい音です。遮音性の高いフォームタイプのイヤーピースに替えて物理的にふさぎ、あわせてホワイトノイズや雨音を流す方が効きます。音量を上げて対抗すると耳を傷めるだけで、音は消えません。

咀嚼音がここまで不快なのは自分が過敏なのですか

特定の音に対して音量と釣り合わない怒りや嫌悪が起きる状態はミソフォニアと呼ばれ、咀嚼音は最も多い引き金です。音を聞き取る領域と感情の反応が強く結びついていると考えられており、我慢の量で解決できるものではありません。日常生活に支障が出るほどなら、耳鼻咽喉科や心療内科で相談できます。

映画館で高齢者の音を避けるにはどうすればいいですか

対策は座席を選ぶ段階で終わるので、上映後に動くことは想定しないでください。割引で来場が増える平日の日中を避け、夜の回か週末の朝一番を選び、座席は最後列の端か前後に空席のある列を取ります。上映中は遮音性の高い耳栓では音声が聞こえなくなるため、席の位置で距離を確保する方が現実的です。

電車で隣の人の咀嚼音がつらいとき、席を移ってもいいですか

同じ車両内で移動すると意図が伝わりやすいので、次の停車駅で降りて隣の車両に乗り換えてください。数十秒の遅れで済み、相手にも周囲にも理由は分かりません。通勤で毎日同じ号車に乗っている場合は、乗車位置を日ごとに変えると当たる確率が下がります。

家族のくちゃくちゃ音を注意してもいいですか

音を立てないでという伝え方は、自覚のない相手には身に覚えのない非難として届くため、関係が悪くなるだけで終わります。入れ歯を作ってから何年経つか、口の乾きを感じないか、テレビの音量が上がっていないかという体の話として持ちかけてください。入れ歯の調整や口腔乾燥の治療で音が変わる例は実際にあります。

入院中の同室者の音が耐えられません

眠れない状態は療養に直接影響するので、看護師に伝えるのは正当な相談です。部屋の空き状況によっては移動でき、難しい場合も耳栓の使用やベッド位置の変更を検討してもらえます。我慢して体調を崩す方が、治療にとって不利になります。

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この記事を書いた人

シニア向け雑誌の人生相談コーナーの担当として、これまで1000通を超える読者の手紙を読んできました。悩みの多くは、分かってくれる相手が欲しいのだと知りました。定年後の空白、体力の変化、新しい人付き合い。人生後半は終わりではなく仕切り直しの時期です。

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