看護師から、耳は最後まで聞こえているから話しかけてあげてと言われた。その言葉を頼りに、医師が到着するまでずっと声をかけ続けた。あとになって、あれは本当だったのだろうかと調べ始める人がとても多い。
先に分かっていることを置く。聴覚が最後まで残るという話には、現場の経験則だけでなく、脳波を使った研究の裏づけが出てきている。ただし、心臓が止まったあと何分間聞こえるのかという数字までは、まだ確定していない。
いま確かめられているのは、この三つだ。
- 亡くなる直前で反応がなくなった患者の脳が、音に対して健康な人と似た反応を示していた
- 心停止から蘇生した人の一部が、処置中の会話や機器の音を正確に記憶していた
- 心肺蘇生の最中の脳波に、意識と関係する活動が記録された例がある
届いていたかもしれない、ではなく、届いていた可能性は高い。そう言える段階まで来ている。
現場で何度も語られてきた話
看護師が家族に伝える言葉には理由がある
母親を自宅で看取った50代の女性は、最期の様子を細かく覚えている。目を閉じないまま、おかしいな、見えなくなってきた、というのが最後の言葉だった。目から光が消えて、呼吸は吸うところで止まった。父親が生前、最期の呼吸は吸うのか吐くのか知りたいと言っていたので、吸う方だったよ、と声をかけたという。
他の家族を呼び、医師が到着するまで話し続けた。看護師から、耳は心臓が止まっても聞こえているから沢山話しかけてあげて、と言われていたからだ。穏やかに亡くなるときは眠るときに似ている、というのが彼女の実感だった。
この助言は、看護師の個人的な気休めではない。ホスピスや緩和ケアの現場で長く共有されてきた経験則で、教科書や研修でも扱われている。
呼びかけると呼吸や指先が動いたという証言
病院で親族を看取った人は、瞬きもできず、声も出せず、呼吸がひどく浅い状態を見ていた。それでも看護師は、耳は聞こえているから話しかけてあげてと繰り返した。実際、身内が来て声をかけるたびに、浅くなっていた呼吸が戻り、指がかすかに動いた。本当に聞こえていたはずだと、その人は今でも思っている。
心電図が警告音を鳴らし始めたころ、集まった家族で名前を呼び続けたら、ゼロになった心拍が何度も戻ったという話もある。子どもだったその人は、生き返るかもしれないと思ったそうだ。呼びかけに反応しているのではないか、という感覚が残っている。
医学的には、こうした反応が偶然の変動と重なった可能性も否定できない。それでも、同じ光景を見た人がこれだけ多いという事実は残る。
蘇生した人が語った、耳だけが残る時間
体の感覚が消えても、音は届いていた
40代の男性は、心肺停止から蘇生した経験を持つ。機械を入れる直前に3回心臓が止まったが、その間、耳だけは全部聞こえていたという。体の感覚は何もない。痛みも重さもない。ああ、死ぬのかな、と冷静に考えていた。
怖かったのはAEDの警告音と、電気ショックが入った瞬間だった。最終的に痙攣が止まらず、麻酔を打たれるところで記憶が途切れている。耳の話は本当だと思っている、と彼は言い切っていた。
内側から見た証言として、これは重い。外から見れば完全に反応のない体だった時間に、音だけが入り続けていた。
意識があるのに動けない状態との共通点
金縛りに近い状態を経験した人の話も、同じ構造をしている。意識ははっきりしているのに体が一切動かず、周囲の会話がすべて聞こえていた。死ぬときに耳だけ残るというのは、こういうことなのだろうと感じたという。
救急車の中で一瞬だけ意識が戻った人は、妻と子どもの、起きて、パパ起きて、という声を聞いた。それ以来、大切な人には最期まで声を届けると決めている。
反応の有無と、受け取っているかどうかは別物だ。外側からは何も判定できない。
研究は何を確かめているのか
亡くなる直前の患者の脳波を測った研究
2020年、カナダのブリティッシュコロンビア大学の研究チームが、ホスピスで終末期を過ごす患者の脳波を測定した結果を発表した。方法は単純で、規則的な音の中に不規則な音を混ぜて流し、脳がその違いに反応するかどうかを見る。
意識のある患者では、当然その反応が出る。注目されたのは、その後、呼びかけに応じなくなった段階でも、同じ患者から健康な若い人と似た反応パターンが記録されたことだ。聴覚を処理する仕組みが、意識の表出が失われたあとも働いていたことになる。
これは、聴覚が最後まで残るという言い伝えに、初めて計測の裏づけがついた研究として知られている。
心停止のあと、脳はいつまで働いているのか
心停止そのものを扱った研究もある。心停止からの生還者を追った国際的な調査では、蘇生処置中の会話や物音を正確に記憶していた例が報告されている。近年の続編にあたる研究では、心肺蘇生を受けている最中の脳波に、通常は意識と結びつけられる帯域の活動が現れた症例が記録された。
心臓が止まっても、脳のスイッチが同時に切れるわけではない。血流が途絶えたあとも、しばらくは活動が残る。ここは共通した見解になっている。
分かっていることと、まだ分かっていないこと
正確を期すために線を引いておく。脳が音に反応していたことと、本人がそれを意味として理解していたことは、厳密には同じではない。反応がなくなった患者の内側で何が起きているかを直接確かめる方法は、いまのところない。
また、脳への血流が止まると、意識は十数秒ほどで失われるとされている。心臓が止まったあと長時間はっきり聞こえ続けている、という描き方は事実から離れる。
それでも、看取りの場での判断としては十分だ。聞こえていない証拠はどこにもなく、聞こえていた可能性を示す材料は積み上がっている。声をかけることに、失うものは何もない。
心臓が止まってから、どれくらい聞こえるのか
耳鼻咽喉科の専門医から、心停止後も30秒から1分ほど、あるいはもう少しの間は聞こえている可能性があると説明された人がいる。医療関係者の間では、数分間という言い方もされてきた。
幅があるのは、心停止といっても状況がまるで違うからだ。長い経過をたどって少しずつ弱っていった人と、急に心臓が止まった人では、脳に残っている余力が違う。低体温の状況や、直前まで酸素が届いていたかどうかでも変わる。
現実的な目安として、こう考えておけばいい。呼吸が止まった直後の数十秒から数分が、声が届く可能性の最も高い時間帯になる。そして、その時間が過ぎたかどうかを家族が判定する必要はない。医師の到着を待つあいだ、話し続けていればそれでいい。
急いで駆けつけて、間に合わなかったと感じている人にも言えることがある。到着した時点で聴覚が残っていた可能性は残る。そしてもし残っていなかったとしても、そこで交わした言葉が無駄になることはない。
その場で何を話せばいいのか
内容より、声そのものが届く
祖父の呼吸が止まったとき、60代の男性はこう声をかけた。今までお疲れ様、これからは大好きだったおばあちゃんと一緒にいられるよ。そう話しながら、体を清める処置も進めた。死後の処置をするときも、同じ気持ちで接しているという。
話す内容に正解を探さなくていい。伝わりやすい形はいくつかある。
- 名前を呼ぶ
- ありがとうと言う
- 大丈夫だよ、と安心を渡す
- そばにいることを伝える
- 生前に交わした約束の答えを返す
先の50代の女性が、吸う方だったよ、と亡くなった直後に声をかけたのは、父親との会話の答えを返したことになる。こういう言葉は、その人にしか言えない。
枕元で控えたほうがいい話
聞こえているかもしれないという前提に立つなら、避けたほうがいい話題もある。葬儀の段取り、相続の相談、間に合わなかった親族への不満。医療者との細かいやり取りも、可能なら少し離れた場所でするのが望ましい。
もう助からない、といった言葉も同じだ。事実であっても、その場で本人の耳に入れる必要はない。
泣いてもいい。取り繕う必要はない
安心させる言葉をかけたほうがいいと聞いて、泣いてはいけないと思い詰める人がいる。そこまで背負わなくていい。
ある女性は、母親の妹や義妹と老眼の話で言い合いをして、笑い転げている最中に母親が逝ったと思っている。後日お礼に行った病院で、看護師長からこう言われたそうだ。お母さん安心してはると思うよ、最期まで聞こえてるし。
張りつめた沈黙より、いつもの家族の声のほうが安心する人もいる。泣き声も、笑い声も、その人が長年聞いてきた音だ。
間に合わなかった人、そばにいられなかった人へ
30代の女性は、愛猫を看取ったときのことを忘れられない。手洗いに行って着替えて戻ったら、もう鼓動がなかった。抱き上げると四肢が力なく垂れて、そこで死を実感した。聴覚が残っているかもしれないという話に望みを託して、何度も名前を呼び、愛を伝えた。この子がいなかったら自分は生きていなかった、と、ありがとうを繰り返したという。
急に心臓が止まったので、理解が追いつかなかった。反応がないという事実を飲み込むまでに時間がかかった。それでも彼女は、話しかけることをやめなかった。
動物にも聴覚はあり、人と同じように最期まで残ると考えられている。名前を呼ぶ意味は変わらない。
そして、臨終の場に立ち会えなかった人へ。到着したときにすでに時間が過ぎていたとしても、そこで話しかけた言葉に意味がなかったとは言えない。看取りの言葉は、逝く側だけのものではないからだ。あのとき言えたという記憶は、残された側が何年も抱えていく。
知っておくと、その日に困らないこと
呼吸が止まる前後に、下顎を動かすような大きな呼吸が現れることがある。苦しそうに見えるが、意識のある苦痛とは違うとされている。この段階でも、声をかけ続けていい。
臨終に立ち会うと決めているなら、伝えたい言葉を一度考えておくと、その場で固まらずに済む。生前に話しておくのが最も確実で、それができなかった分を、あの数分に託すことになる。
聞こえているという前提で振る舞うこと。それが、いま分かっている範囲でいちばん妥当な選択になる。
心臓が止まっても耳は聞こえるというのは本当ですか
完全に証明されたわけではありませんが、裏づけとなる研究が出ています。ホスピスで終末期の患者の脳波を測った調査では、呼びかけに反応しなくなった段階でも、音に対して健康な人と似た脳の反応が記録されました。心停止から蘇生した人が処置中の会話や機器の音を覚えていた例もあり、聞こえている可能性は高いと考えられています。
心停止のあと、どれくらいの時間聞こえていますか
30秒から1分程度、あるいは数分間という説明が医療の現場では語られます。脳への血流が止まると意識は十数秒で失われるとされるため、長時間はっきり聞こえ続けるとは考えにくく、亡くなり方によっても幅があります。家族が時間を判定する必要はなく、医師が到着するまで話しかけ続けて構いません。
意識のない状態の人に話しかける意味はありますか
反応がないことと、受け取っていないことは別です。呼びかけに応じなくなった患者の脳が音に反応していた研究があり、名前を呼ぶと呼吸や指先が動いたという証言も数多くあります。届かなかった場合でも失うものはないので、話しかける方が理にかなっています。
看取りのときは何を話せばいいですか
名前を呼ぶ、ありがとうと伝える、大丈夫だと安心を渡す、そばにいると伝える。この四つで十分です。生前に交わした約束や会話の答えを返す言葉は、その人にしか言えないものとして届きます。うまく話そうとせず、いつもの声で話しかけてください。
枕元で話してはいけないことはありますか
葬儀の段取り、相続の相談、親族への不満、もう助からないといった言葉は、可能なら本人から離れた場所で扱ってください。聞こえている前提に立つなら、耳に入れる必要のない話になります。医療者との細かいやり取りも、少し距離を取ると安心です。
泣いてしまうのは良くないのでしょうか
取り繕う必要はありません。張りつめた沈黙より、いつもの家族の声の方が安心する人もいます。家族が笑い合っている最中に静かに息を引き取った例もあり、看護師から、安心していたはずだと伝えられています。
死に目に会えなかった場合、あとから話しかけても届きますか
到着した時点で聴覚が残っている可能性は残ります。時間が過ぎていたとしても、そこで伝えた言葉は、残された側が長く抱えていく記憶になります。間に合わなかったことを自分の落ち度として抱え込む必要はありません。
ペットにも同じことが言えますか
動物にも聴覚があり、人と同様に最期まで機能が残ると考えられています。愛猫を看取った人が、鼓動が止まったあとも名前を呼び続けた例のように、話しかける行為に意味がないとは言えません。名前と感謝を伝える方法は、人の場合と変わりません。

コメント